皆さんこんにちは。
今日は、私が長い間眠らせていた翻訳を、公開させて頂きます。
それは、数あるボウイさんの伝記の中でも、もっともボウイさんに接近して書かれているものであると、私が個人的に信じている伝記の初版のペーパーバック版に記載されたはしがきの和訳です。
この内容から、ボウイさんがどれほど自分に関する伝記を拒否してきたか、そして、この「奇妙な魅惑」という伝記に関しては、一度は敢えて歩み寄ろうとはしたものの、やはり受け入れられなかった経緯が、良く分かります。
私もボウイさんのファンである翻訳家として、彼の真実に最も近い伝記を日本後に翻訳をすることは夢であることは間違いないのですが、何より、ボウイさん本人がそれを望んでいないのではないかという心の迷いが強く、実現できていません。
しかし、ボウイさんがこの世を去り、時代が移り変わっていく中、ボウイさんの存在が忘れ去られることがないよう、この伝記が日本語で著されることを、願ってやみません。
「奇妙な魅惑」 デヴィッド・バックレー著 (1999年初版)
ペーパーバック版へのはしがき
本書「奇妙な魅惑」の改訂版には、1999年8月から2000年3月までの期間の内容を含む、新しい題材を入れている。この期間に、ボウイは22番目のソロ・スタジオ・アルバムの「アワーズ」をリリースし、彼の妻のイマンの妊娠でボウイが父親になるというニュースが公表された。現執筆段階で、ボウイはロック興業の厳しい責任を逃れようとしているように思われる。彼は、夏にメインアクトとしていくつか大規模なライブを計画しているが、少なくとも18ヶ月間は新規ツアーを予定していない。
私は、労を惜しまず援助し、友好的な助言や、ボウイの「アワーズ」キャンペーンに関する最新情報などを提供してくれた、リーヴズ・ガブレルス、マーク・プラティ、マイク・ガーソン(素晴らしいソロリサイタルに喝采!)に、もう一度恩義の意を表したい。
私は、出版の時期に私とコンタクトを取り、援助と支援を提供してくれた、すべてのファンにも感謝したい。彼らの多くが、特にマイク・ハーヴェイとポール・カインダーからは、本文及びその改善方法について実に建設的なコメントをもらった。ウェブサイトやファンの討論フォーラムなどで、本書に関する意見を投稿してくれた人々に感謝する。
全ての建設的な批評の意図は誠意をもって受け止めた。
「奇妙な魅惑」は、公的な仮面の裏側のデヴィッド・ジョーンズに関するものではない(そのような本は、未だ書かれていない)。又、ボウイをレコーディング・アーティストとしてのみ見つめたものでもない(ボウイ・アーカイブは、それに特化した仕事のために開放しておかなければならない)。本書は、むしろ公的な世間に対するその男に関するものであり、その感動的な音楽についてのものである。本書の目的は、私たちの文化に対する、ボウイの驚くべき貢献を再び述べ、その音楽に人々を連れ戻すことである。というのは、多くの他の人々と同様に、私はその音楽的資質に鼓舞されてきているからである。そして私は、他の人々にも、人生で最も良い効果をもたらしたボウイの側面を、自ら探し出したいと考えてもらいたい。彼が何者であったかに関係なく、20世紀は彼なしでは、よりつまらない場所であったことだろう。中には、21世紀でも、比較的興味深い音楽を彼が与えてくれると言って間違いないと思っている者もいる。
私は明らかにしたい一つの点がある。「奇妙な魅惑」は、公認の伝記ではないし、ボウイが何らかの形で支持するものでもないということだ。本書を執筆中の様々な段階で、ボウイの論評、精査、全面的な専門知識を求め、その原稿が本人に提供された。同計画がほとんど完成するまで、商標ボウイの動揺が続き、どの時点においても、彼はそれに「イエス」とも言わなければ、もちろん「ノー」とも言わなかった。
1999年7月と8月初旬に、ボウイ陣営とヴァージン出版との間で、活気に溢れたファックスのやりとりがあった。あるファックスに、土壇場で、ボウイが応対すると明記されていた。ボウイが草稿の1ページ1ページを読み通し、既存の本文に推敲を行う予定であるとのことだった。制作が遅れることは避けられないが、その見返りは、ヴァージン社が「ボウイの、唯一の公認の伝記」を出版することになるということだった。ボウイは、「アワーズ」の販売促進のために予定されているインタビューで、本書を売り込む用意もしていた。
ヴァージン社とボウイの代表との間の交渉は、8月初旬についに決裂した。「公的」な理由は、デヴィッド・ボウイに単に時間がなくなったということだった。彼には7月に原稿に取り組む機会となる予定の空きがあったが、非常に重要なアルバムの「アワーズ」の販売促進に、彼は全エネルギーを注ぎ込まなければならなかった。この段階を経た後でさえ、明らかに、事実として正確ではない部分であると彼が見做す箇所を、最後の最後でボウイが削除できるようにする申し出にも、何ら返事を得られなかった。いかなる妥協点にも達することができなかったことは、私にとって大きな失望であった。しかし、誰もボウイの次の動きを期待しなかった。
ハードカバー版の著書の出版の直前に、デヴィッド・ボウイは、彼の公式サイトであるボウイネットに、「金(バック)を攻撃」と情け容赦なく銘打たれた「記事」を投稿した。その記事は、私と私の「おめでたい著作」を強く批判していた。
私は、ほんの数週間前に、彼が個人的に関与を交渉した計画を、彼が公の場でこき下したので、完全に困惑し途方に暮れた。賞賛者やファンは、自分の偶像を激怒させたいとは決して思わない。ボウイは以前の伝記に関して、このように公的に取り沙汰したことは決してなかった。これまで多くは、彼の人間性に関してはるかに批判的であり、「奇妙な魅惑」ほど、彼の作品の価値を評価していない。従来の伝記は、彼がマネージャーの前を全裸で歩き回ったとか、ベット・ミドラーやミック・ジャガーとクローゼットの中にいたとか、彼の家族の精神病の全貌をかなり詳細に描写していた。しかし、アルバムとツアー毎の細やかな章区切りによる微細な描写と、彼の音楽やその影響についての議論を行い、彼の作品について常軌を逸することなく書いているのは「奇妙な魅惑」なのである。
「奇妙な魅惑」のねらいの一つは、ガブレルズ、ブリュー、アロマーなどの「裏方の男たち」の声を世に聞かせることである(私の著作では、ボウイが他人のから最高のものを引き出す天才であると主張しているため、そのような側面の物語を語ることも、まっとうなことだった)。しかしながら、過去の共同制作者による個人的な貢献については、かなり多くの大胆な主張がありすぎたのではないかとも疑われる。
ボウイが、自分について書かれたり、分析されたりすることも快く思わないということもまた、私にとって非常に明らかになっている。彼はウェブチャットでジャーナリストや伝記作家を酷評する。そして、「奇妙な魅惑」が、例外となるであろうと考えるのは、甘かったということだ。「私の知っている限りでは、彼はどんな方法でも分析されることを喜んだことはない」と、マイク・ガーソンが私に語る。「あの男に関する本は63冊もあるんだ。」ボウイには自分独自の真実がある。彼の人格や彼の芸術に対しどんなに良い意見を持ちどんなに支持的だろうと、彼にとっては潜在的に大きな苛立ちの源なのだ。しかし、本書が本来意図した精神で、ボウイと彼が過去と現在で象徴している全ての物に関する、批評付きの再確立として、本書を受け入れるのではなく、彼自身は、彼の協力の申し出が実現されなかった後、それを有害とみなすべく姿を現したのだ。
恐らく、「奇妙な魅惑」は、「本当の」デヴィッド・ボウイに、あまりに接近しすぎているのかも知れない。恐らく、彼の眼から見ると、全然近くないのかもしれない。「奇妙な魅惑が、時には彼の人生や作品を誤解したり、様相を過度に扇動的にしたり、彼の真実の見方を歪めるような共同制作者の発言を含んでいると、ボウイが感じても不思議はない。しかし、ボウイには返答する機会があったのであり、最終的には断った。彼の個人的な証言は、本文から完全に欠如しているものの、「奇妙な魅惑」は、ボウイの作品についての独立した研究であり続けている。彼のファン、そして彼自身により、同著が裁かれることを私が求めるのは、このような開けた討論の精神においてである。
デヴィッド・バックレ-
2000年3月20日
ミュンヘンにて
今日は、私が長い間眠らせていた翻訳を、公開させて頂きます。
それは、数あるボウイさんの伝記の中でも、もっともボウイさんに接近して書かれているものであると、私が個人的に信じている伝記の初版のペーパーバック版に記載されたはしがきの和訳です。
この内容から、ボウイさんがどれほど自分に関する伝記を拒否してきたか、そして、この「奇妙な魅惑」という伝記に関しては、一度は敢えて歩み寄ろうとはしたものの、やはり受け入れられなかった経緯が、良く分かります。
私もボウイさんのファンである翻訳家として、彼の真実に最も近い伝記を日本後に翻訳をすることは夢であることは間違いないのですが、何より、ボウイさん本人がそれを望んでいないのではないかという心の迷いが強く、実現できていません。
しかし、ボウイさんがこの世を去り、時代が移り変わっていく中、ボウイさんの存在が忘れ去られることがないよう、この伝記が日本語で著されることを、願ってやみません。
ペーパーバック版へのはしがき
本書「奇妙な魅惑」の改訂版には、1999年8月から2000年3月までの期間の内容を含む、新しい題材を入れている。この期間に、ボウイは22番目のソロ・スタジオ・アルバムの「アワーズ」をリリースし、彼の妻のイマンの妊娠でボウイが父親になるというニュースが公表された。現執筆段階で、ボウイはロック興業の厳しい責任を逃れようとしているように思われる。彼は、夏にメインアクトとしていくつか大規模なライブを計画しているが、少なくとも18ヶ月間は新規ツアーを予定していない。
私は、労を惜しまず援助し、友好的な助言や、ボウイの「アワーズ」キャンペーンに関する最新情報などを提供してくれた、リーヴズ・ガブレルス、マーク・プラティ、マイク・ガーソン(素晴らしいソロリサイタルに喝采!)に、もう一度恩義の意を表したい。
私は、出版の時期に私とコンタクトを取り、援助と支援を提供してくれた、すべてのファンにも感謝したい。彼らの多くが、特にマイク・ハーヴェイとポール・カインダーからは、本文及びその改善方法について実に建設的なコメントをもらった。ウェブサイトやファンの討論フォーラムなどで、本書に関する意見を投稿してくれた人々に感謝する。
全ての建設的な批評の意図は誠意をもって受け止めた。
「奇妙な魅惑」は、公的な仮面の裏側のデヴィッド・ジョーンズに関するものではない(そのような本は、未だ書かれていない)。又、ボウイをレコーディング・アーティストとしてのみ見つめたものでもない(ボウイ・アーカイブは、それに特化した仕事のために開放しておかなければならない)。本書は、むしろ公的な世間に対するその男に関するものであり、その感動的な音楽についてのものである。本書の目的は、私たちの文化に対する、ボウイの驚くべき貢献を再び述べ、その音楽に人々を連れ戻すことである。というのは、多くの他の人々と同様に、私はその音楽的資質に鼓舞されてきているからである。そして私は、他の人々にも、人生で最も良い効果をもたらしたボウイの側面を、自ら探し出したいと考えてもらいたい。彼が何者であったかに関係なく、20世紀は彼なしでは、よりつまらない場所であったことだろう。中には、21世紀でも、比較的興味深い音楽を彼が与えてくれると言って間違いないと思っている者もいる。
私は明らかにしたい一つの点がある。「奇妙な魅惑」は、公認の伝記ではないし、ボウイが何らかの形で支持するものでもないということだ。本書を執筆中の様々な段階で、ボウイの論評、精査、全面的な専門知識を求め、その原稿が本人に提供された。同計画がほとんど完成するまで、商標ボウイの動揺が続き、どの時点においても、彼はそれに「イエス」とも言わなければ、もちろん「ノー」とも言わなかった。
1999年7月と8月初旬に、ボウイ陣営とヴァージン出版との間で、活気に溢れたファックスのやりとりがあった。あるファックスに、土壇場で、ボウイが応対すると明記されていた。ボウイが草稿の1ページ1ページを読み通し、既存の本文に推敲を行う予定であるとのことだった。制作が遅れることは避けられないが、その見返りは、ヴァージン社が「ボウイの、唯一の公認の伝記」を出版することになるということだった。ボウイは、「アワーズ」の販売促進のために予定されているインタビューで、本書を売り込む用意もしていた。
ヴァージン社とボウイの代表との間の交渉は、8月初旬についに決裂した。「公的」な理由は、デヴィッド・ボウイに単に時間がなくなったということだった。彼には7月に原稿に取り組む機会となる予定の空きがあったが、非常に重要なアルバムの「アワーズ」の販売促進に、彼は全エネルギーを注ぎ込まなければならなかった。この段階を経た後でさえ、明らかに、事実として正確ではない部分であると彼が見做す箇所を、最後の最後でボウイが削除できるようにする申し出にも、何ら返事を得られなかった。いかなる妥協点にも達することができなかったことは、私にとって大きな失望であった。しかし、誰もボウイの次の動きを期待しなかった。
ハードカバー版の著書の出版の直前に、デヴィッド・ボウイは、彼の公式サイトであるボウイネットに、「金(バック)を攻撃」と情け容赦なく銘打たれた「記事」を投稿した。その記事は、私と私の「おめでたい著作」を強く批判していた。
私は、ほんの数週間前に、彼が個人的に関与を交渉した計画を、彼が公の場でこき下したので、完全に困惑し途方に暮れた。賞賛者やファンは、自分の偶像を激怒させたいとは決して思わない。ボウイは以前の伝記に関して、このように公的に取り沙汰したことは決してなかった。これまで多くは、彼の人間性に関してはるかに批判的であり、「奇妙な魅惑」ほど、彼の作品の価値を評価していない。従来の伝記は、彼がマネージャーの前を全裸で歩き回ったとか、ベット・ミドラーやミック・ジャガーとクローゼットの中にいたとか、彼の家族の精神病の全貌をかなり詳細に描写していた。しかし、アルバムとツアー毎の細やかな章区切りによる微細な描写と、彼の音楽やその影響についての議論を行い、彼の作品について常軌を逸することなく書いているのは「奇妙な魅惑」なのである。
「奇妙な魅惑」のねらいの一つは、ガブレルズ、ブリュー、アロマーなどの「裏方の男たち」の声を世に聞かせることである(私の著作では、ボウイが他人のから最高のものを引き出す天才であると主張しているため、そのような側面の物語を語ることも、まっとうなことだった)。しかしながら、過去の共同制作者による個人的な貢献については、かなり多くの大胆な主張がありすぎたのではないかとも疑われる。
ボウイが、自分について書かれたり、分析されたりすることも快く思わないということもまた、私にとって非常に明らかになっている。彼はウェブチャットでジャーナリストや伝記作家を酷評する。そして、「奇妙な魅惑」が、例外となるであろうと考えるのは、甘かったということだ。「私の知っている限りでは、彼はどんな方法でも分析されることを喜んだことはない」と、マイク・ガーソンが私に語る。「あの男に関する本は63冊もあるんだ。」ボウイには自分独自の真実がある。彼の人格や彼の芸術に対しどんなに良い意見を持ちどんなに支持的だろうと、彼にとっては潜在的に大きな苛立ちの源なのだ。しかし、本書が本来意図した精神で、ボウイと彼が過去と現在で象徴している全ての物に関する、批評付きの再確立として、本書を受け入れるのではなく、彼自身は、彼の協力の申し出が実現されなかった後、それを有害とみなすべく姿を現したのだ。
恐らく、「奇妙な魅惑」は、「本当の」デヴィッド・ボウイに、あまりに接近しすぎているのかも知れない。恐らく、彼の眼から見ると、全然近くないのかもしれない。「奇妙な魅惑が、時には彼の人生や作品を誤解したり、様相を過度に扇動的にしたり、彼の真実の見方を歪めるような共同制作者の発言を含んでいると、ボウイが感じても不思議はない。しかし、ボウイには返答する機会があったのであり、最終的には断った。彼の個人的な証言は、本文から完全に欠如しているものの、「奇妙な魅惑」は、ボウイの作品についての独立した研究であり続けている。彼のファン、そして彼自身により、同著が裁かれることを私が求めるのは、このような開けた討論の精神においてである。
デヴィッド・バックレ-
2000年3月20日
ミュンヘンにて
コメント
コメントを投稿